2009年6月30日火曜日

勤務医が家庭医になって見えてきたもの

今井さんは、開業当初より透析医療を充実させるために注力してきました。クリニックのスタッフが増えて体制が整ってくると、透析室の中で行う医療だけでなく、段々とそれぞれの患者さんの自宅での生活はどうなっているのだろうかということが気になって来られました。これは透析という医療が患者さんの生活に深く根ざしていることから、必然的に「生活の中での医療」という視点に関心が集中したとのことです。
 また病院勤務の時代は患者さんを医療の面から捉えるのみだったという事でしたが、開業医として日々の患者さんの生活を間近に見ることで、次第に患者さんの生活全体を診る開業医の視点が育ってきたのかもしれないと仰っておられます。
  今井さんは志して在宅ホスピスケアを始めたわけではない、終末期ケアを断る医師もいるが、普段の診療の延長だからと断ることをしなかった為だと仰っておられます。
 また開業医になって、患者さんや死に対する意識が随分と変わられたそうです。
今井さんはかつて病院の勤務医をしていましたが、病棟では末期患者の方がある日突然に姿を消すが、何事もなかったかのようにその翌日には別の人が同じベッドに横たわっている。死は通過していくだけで、立ち止まったり、ふりかえることがない。それが「病院の死」でした。
しかし開業医になって、患者さんの家々に往診するようになって見えてきたものは、当たり前の「暮らし」でした。勤務医時代は、患者さんをその人の暮らしの中で見つめることがなかったといいます。そして多くの患者さんを往診する内に、次第にケアする側の医師が、逆に患者さんにケアされているという「ケアの相互作用性」を感じてこられたそうです。重症の患者さんから、いろいろなことを教えて頂くことができると気付かれたそうです。


今井さんは、こう言います。
 「私たち医者は医者の仕事しかできない。その意味では私も勤務医時代と同じで、やることもやれることも変わりありません。でも家庭医となることで患者さんの生き方や死と向きあう姿勢は間違いなく変わったと思います」(浦嶋偉晃)

2009年6月28日日曜日

住み慣れた町でいつまでも

 エンディングセミナー「”みとりびと”は語る」(7月25日)の話題提供者・いまい内科クリニック院長の今井信行さんにお会いする機会がありました。

 今井さんは平成12年に、生まれ育った宝塚市でいまい内科クリニックを開院されました。
 昭和59年に医院を開業されていたお父様が腎臓病を患われていたこともあって、今井さんは高血圧・腎臓病を専門とされ、クリニックには透析施設を備えられました。透析は週3回も継続しなくてはならない治療なので、できるだけ家庭的な環境で医療を提供したいというのが開院時の願いでもありました。
 今井さんはいまい内科クリニックで求めるものとして3つの項目を掲げておられます。
 ①住み慣れたこの町で、いつまでも安心して過ごしていけるように
 ②スタンダードな医療を心がけて、わかりやすい言葉で伝えたい。
 ③難病であっても、毎日の生活の中に「生きがい」を見出せるように援助したい
 クリニックでは、待合室などはフローリングにされ、外光を取り入れて明るい雰囲気にされました。いろいろなアメニテイも考えられたそうですが、最終的には最も有効と思われるのは、自然に始まる患者さんどうしの会話だったそうです。自然な会話ができるためには患者さんが場の雰囲気に和んでおられてこそ可能になりますので、できるだけ安心を感じて寛いでいただけるような配慮を心がけておられます。

 その今井さんが、なぜ開業医として在宅ホスピスケアを始められるに至ったか、次回はその経緯をご紹介致したいと思います。(浦嶋偉晃)

http://www.kunpfukai.com/imai_naika/index.html
→いまい内科クリニック HP

2009年6月22日月曜日

グリーフケアと地域コミュニティ

 公益社がひだまりの会の会員にアンケートを取った際、「死別後の心の支えになったもの」は「家族」が約70%と最も多く、2番目に「友人」が58%を占めました。驚いたのは、それに次いで「ひだまりの会」というのが48%という数字。私はこの結果を見て、「ひだまりの会」の意義の深さを顕著に物語っていると思いました。
 もちろん、私もまだ深い活動内容について熟知しているわけではありません。なぜ見知らぬ者どうしに遺族会が、かくも心の支えとなるのか。その秘密を探るべく、7/18の廣江さんのご講演がよりいっそう楽しみになってきました。
 公益社のさらに興味深い取組みは、おひとりさまの生活支援です。遺族の方が今度は「おひとりさま」になって、自分自身の明日への準備の必要が生まれます。そういう方にも、月例会で講演を行い、準備しておくことなど、グリーフケアとはまた異なる学びの場を設けられています。心の持ち方や活動が「ゼロからプラス」になられた方を廣江さんは「卒業生」と呼ばれていましたが、それらの方が自主運営するOB会サロンが設立され、今では会員50名を超えるといいます。それらの方々は遺族会を通して、これからを生きる意味を見出したといえるでしょう。
 「ひだまりの会」の将来像にはいろいろな可能性がうかがえます。家族や地域社会が遺族の悲嘆やその後の生活を支えにくくなっている現状では、その補完システムとして近親者以外のサポート体制にも必要が出てくることでしょう。
 廣江さんは、「ひだまりの会」のような遺族どうしによる相互扶助の関係が、やがて高齢化・孤立化する地域コミュニティ全体を支えるのでは、とおっしゃっていました。私は今回のインタビューで、葬儀社のイメージが180度変わりました。ホスピス・緩和ケア病棟でもグリーフケアは整備されつつありますが、医療は遺族のサポートまで手が回りません。むしろ、死を起点としての再生プロセスに取り組む公益社の活動に、地域におけるグリーフケアの新しい可能性を感じました。
 ぜひ7/18にお越しいただき、ひだまりの会の現状だけでなく、今後の可能性についてもご一緒に考えていきたいものです。(浦嶋偉晃)

2009年6月20日土曜日

秋葉原・無差別殺傷事件1年に思うこと

■格差社会の悲劇なのか?

去年のあの忌まわしい秋葉原連続殺傷事件から一年が経ちました。
20代の男性が、歩行者天国の秋葉原に乱入して、次々と無差別に7人を殺傷、若者にとってハレの場所であるアキバが一転して 地獄絵図となり、その衝撃は世間を震撼とさせました。容疑者は「会社が悪い」 「親が悪い」 「社会が悪い」 と徹底的に責任を転嫁して、一方で 「負け組」 「ブス」 と自己を完全に否定していました。 彼にとって、ネットに写し取った自分だけが、客観的に自己として認識できるものだったのかもしれません。 生きることのリアリティが失われ、絶望的な孤立感だけが際立っていました。
 虐待、落ちこぼれ、派遣労働、ネット依存等々、メディアが飛びつくには格好の事件でしたが、これを「格差社会がもたらした悲劇」 などと安易に整理してしまうことにも不満を覚えました。 その背景の根幹には、とくにバブル崩壊以降、日本社会が抱え込んだ「関係性の喪失」が大きく横たわっていると考えるからです。
 人間は誰かに関心を持たれたり、頼りにされたり、愛されることで、自分の存在を創り上げていきます。 児童虐待が悲劇なのは、犠牲者である子ども自身が「自分は生まれてこなければよかった」と満足な自尊感情を持てないことです。 自己のかけがえのなさを感じられない人間は、むろん他者を愛することもできない。 問題は格差社会が悪いというより、「喪われた関係性」にあると思います。

■生きることの練習問題

この悲劇を繰り返さないためには、どうすればいいのか。何かを取り締まったり、規制したりしても、所詮付け焼刃に過ぎません。 結局、一人ひとりが地域社会における関係性の恢復に努める以外にないのですが、あえて付け加えれば、家族や学校におけるつながりが希薄になったからこそ、それに代わる もうひとつの関係づくりが必要とされているのではないでしょうか。
 金儲けとか成績アップとか、一律的な物差しで人生の価値を測られることに、敏感な若者たちは異議申し立てを始めています。 應典院には 容疑者と同じような世代の、(また非正規雇用の)若者が集まってきますが、でも、彼らが事件を決して犯さないと確信できるのは、そこで市民活動や芸術活動など 自ら求めて濃密な人間関係づくりをていねいに重ねてきているからです。 それは「生きることの練習問題」といってもいい。 それほど、日本の社会には、悩んだり、考えたりしながら、若者が関係づくりを自ら試みる場所が希薄なのだと思います。
 仏教の「縁起」の思想は すべては相互にかかわりながら存在していると説きます。 互いを認め 互いを必要とする自利利他の関係づくりこそ、これからの共生社会の要諦でしょう。 とりわけ「下流世代」といわれる現代の若者に対し、先行世代の私たちが無関心であってはいけません。お寺もまた、困窮する若者たちのいまに何ができるのか、その役割は小さくありません。(秋田光彦)

2009年6月18日木曜日

葬儀社が主催する遺族会「ひだまりの会」

公益社廣江輝夫さんのインタビュー、今回はひだまりの会の活動についてご紹介します。

 公益社では、平成16年より遺族会「ひだまりの会」を発足させ、月例会を毎月第3日曜日に開催しています。その運営の方法についてお聞きしましたが、たいへん興味深いものでした。
 ご遺族の年齢や亡くされた方などを考慮し、6~7人のグループに分け、ファシリテーター(進行役)の方が入り、お互いの体験談を分かち合います。最初は見知らぬ他人同士、やはりお互い緊張し、堅苦しい雰囲気になるのを、大学の研究者や臨床心理士の方々が専門職としてかかわり、ご遺族が自然と交流できるよう雰囲気づくりをされています。
 ご遺族の参加動機は「同じような体験をした人の話を聞きたかった」というのが60%以上を占めていますが、自分と似た体験の人の嘆きを聞き、「自分が一番悲しいと思っていたけど、皆それぞれの悲嘆を抱えていた」と感じ、段々と自分の思いを素直に吐き出せるようになっていかれるようです。
 また当初は遺族の語り合いと専門家の講演が中心でしたが、立ち直りつつある人に新たな楽しみを見つけていただこうと、月例会ではハワイアンダンスのショーで一緒に踊ったり、分科会活動としては料理教室や遠足も実施し、明日のへの生活や人生を豊かにするライフサポートを積極的に進めています。故人中心ではなく、自分の楽しみを見つけられるような支援をし、心の持ち方や活動が「マイナスからゼロ」だけでなく、「ゼロからプラス」に転嫁していけるような活動をされています。



 現在、公益社では、情報誌「ひだまり」と会報「ひだまり通信」を定期的に発行しておられます。当初は会報誌として会員相互交流を目的に制作していますいたが、ひだまりの会の発展と共に広報誌的な役割を担うようになりました。とくに「ひだまり通信」は隔月で発行し、会員へのタイムリーな情報提供に努めておられます。                                          (浦嶋偉晃)

2009年6月17日水曜日

BOOKガイド 「霊と金」

 タイの開発僧の研究で著名な櫻井義秀さんの新潮新書の新刊。
 かなりエグいタイトルですが、本旨は「スピリチュアル・ビジネの構造」の副題の通り。「霊感商法」といえばダークなイメージに覆われていたが、「スピリチュアルビジネス」といえば明るさや軽やかさに転化されるような。有名な「すぴこん」(スピリチュアルコンベンション)の紹介もくわしくあります。
 本書のあとがきにもあるように「無宗教を自認し、確たる死生観もなく、宗教が社会の公的生活に浮上することをタブー視してきた日本において、カルトやスピリチュアリティ・ブームをどう認識し、対処してよいのか分からない人」にとっては、ある種のガイドブック的な役割もあるでしょう。いかにスピ・ビジネスの罠にかからないか、その具体的な対処法も興味深いものがあります。
 スピ・ブームは、90年代の大不況以降、社会の不安定化が進行して、心身のストレスや不安を和らげるものを自前で調達しなくてはならない時代のあだ花として発生しました。一言いえば「自分癒し」。「自己責任」「自己決定」の波に追い込まれ、萎縮していく個の存在をあやふやな感性の中に棚上げするシステムともいえます。


 同時代に生まれた應典院も、ひょっとして同じ「自分癒し」のブームの中に位置づけられるかもしれません。けれど、絶対的に違うのは、應典院が軸足とする「場」「身体」「関係」のリアリティが、スピ・ブームにはない(というか巧妙に避けられてる)という点。他者や世界と出会うために、特別な観念や技法の力を借りずとも、腹の据わった関係性に「個」を打ち立てる以外にないと思います。
なお、第3章「宗教と金の関係」はちょっと蛇足だったかも。宗教の経済観というマジメな観点からいえば、集英社新書の「宗教の経済思想」が適当ですので、こちらをおススメしておきます。
                            (秋田光彦)

2009年6月15日月曜日

葬儀社の新たな取り組み

 エンディングセミナー「”みとりびと”は語る」(7月18日)の話題提供者・公益社の廣江輝夫さんにお会いする機会がありました。私は最初に葬儀社である公益社さんが独自で「ひだまりの会」という遺族会を作り、グリーフケアの活動をされているという話を聞いて、正直ビックリしました。失礼ながら、葬儀社の生業は「死後」のはずですが、それが何故、いつから、どういうきっかけでグリーフケアを始められて、実際にどのように運営されているのか、興味深い話を伺いました。
 私の住む奈良県には遺族会がありません。いや、そもそも遺族会というものが、昔からあったわけではないでしょう、また、最近耳にするようになったグリーフケアですが、それもとても難しく専門的なもので、実際には臨床心理士やカウンセラーの領域ではないかという認識がありました。
 ところが、廣江さんにいざお会いし、いろいろなお話をお聞きしていくうちに、私の思い込みはつぎつぎ覆されていきます。
 「ひだまりの会」は発足して5年、今は会員の方が450名ほどで、「同じ体験をした人の話を聞きたかった」が理由で参加する方々が半分以上を占めているそうです。もちろん相互には最初は見知らぬ他人同士、発足当初のご苦労もやはり相当なものだったようです。初回の参加者36名が3回目には、3分の1に落ち込みました。
 そこで参加者された方や、または案内書を出しても来られないご遺族に直接電話をしたりして、遺族会に対しどういうニーズを持たれているのかお話を伺ったそうです。
 その中で浮かび上がったキーワードは、「ライフサポート」。つまり「グリーフケア」は悲嘆の癒しだけでなく、これからの人生の創造にもシフトしなくてはならない、つまり「グリーフサポート」と「ライフサポート」は車の両輪のようなものだという発見でした。死別の悲嘆に向き合う「故人中心の生活」から、人生の豊かさに目を向けた「自分中心の生活」への移行をお手伝いすることこそが必要なのだと痛感されたそうです。
 「ひだまりの会」は遺族の方の心の持ち方や活動について、「マイナスからゼロへ」だけでなく、さらに「ゼロからプラス」までのプロセスを考えて活動に取り組んでおられます。
 その具体的な活動については、次回改めて書きたいと思います。
(浦嶋偉晃)

2009年6月10日水曜日

浄土宗平和賞の第1回受賞者は30歳のビハーラ僧

 6月9日、京都の浄土宗宗務庁で「第1回浄土宗平和賞」の授賞式がありました。浄土宗平和協会が今年から創設した賞で、社会参加仏教を実践する浄土宗教師を顕彰するのが趣旨です。11名の候補者から晴れの第1回受賞者に選ばれたのは、ビハーラ僧の大河内大傳さん(30歳)。大阪市内の浄土宗寺院願生寺の副住職です。
 
 ビハーラとは、仏教の原意では「休息の地」を表しますが、これが転じて今はホスピスに対する仏教の言葉として使われています。最近は僅かながら、医療現場に出向いて患者さんのケアに当たる僧侶も出始めました。大河内さんも、かつて新潟の緩和ケア病棟で1年間、ビハーラ僧として多くの末期患者さんと向き合ってきた経験を持ちます。
 その後、大阪に戻って、2003年、宗派を超えた仲間たちとNPO法人ビハーラ21を発足させ、ビハーラについての人材育成や現場派遣などを始めました。このNPOは、さまざまな宗派の宗教家(神主さんもいます)と医療者、福祉者がメンバーとなっており、宗派とか専門職といった壁を乗り越えて、開かれた活動に取り組んでこられました。ビハーラ僧育成の受講者はすでに100名を超えています。大河内さんはいまも理事のひとりとして、事務局運営の中心を担っています。
 「社会参加仏教」というと勇ましいフレーズに聞こえますが、大河内さんの活動に特別な理念や周到な計画があったわけではありません。むしろひとりの僧侶として自分に何ができるのか、といった真摯な問いが、まず臨床に向き合い、また仲間と出会わせる契機となったのではないでしょうか。名高い実績だけが人物を評価するのではありません。まだ若い大河内さんですが、深い求道心を備えた彼の人徳は、ひとりの僧侶の生き方の可能性を指し示していると感じました。
 ビハーラを架け橋として、仏教と医療・看護の交流が進んでいくのかもしれないと、ほのかな希望を感じました。

↓ビハーラ21のホームページです。
http://vihara21.sub.jp

2009年6月7日日曜日

エンディングセミナーの開催概要が決まりました!

 大蓮寺・エンディングを考える市民の会が、毎年夏に開催している「エンディングセミナー」の今期分のプログラムが決定しました。
 今回の企画では、死の臨床に立ち会う3人のゲスト(葬祭専門業者、訪問医、家族)を招き、それぞれの体験を通して、いのちを支えることの意味を考えます。毎回の聞き手は、本会の代表で、大蓮寺・應典院住職の秋田光彦さんが担当します。

<以下、転送歓迎です>

□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
 夏のエンディングセミナー
  ”みとりびと”は語る
〜死と家族をめぐる3つの物語〜
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

    最新情報は特設ブログにて!
-------------------------------------------------------
   http://mitoribito.blogspot.com
-------------------------------------------------------


  2009年7月18日・7月25日・8月1日
   【3回連続・いずれも土曜日】

映画「おくりびと」の大ヒットは、日本人にとっての死と家族の関係について改めて想い起こさせました。しかし、映画とは違い、実際の死の風景、とりわけ末期から死、死後のプロセスは、家族には知られざる世界であり、心身ともに大きな重圧がかかります。
年間110万以上の人が亡くなる多死社会の日本において、家族とはもはや死の臨床といってよいはずですが、そのための環境や人材、作法など、その基盤はけっして充分なものとはいえません。
遺族会、在宅ホスピス、そして家族による看取り…死と家族をめぐる3つの物語に学びながら、いのちを支えることの意味をともに考えます。


 会場■應典院(おうてんいん)
    大阪市天王寺区下寺町1-1-27
    電話06-6771-7641
      地下鉄谷町線「谷町九丁目」駅(3)番出口、
      近鉄・千日前線・堺筋線「日本橋」駅(8)番出口、
      それぞれ徒歩8分
      (※両駅ともエレベーターが設置されています)

お申し込みはインターネット、ファクシミリ(06-6770-3147)、お電話(06-6771-7641)にて。


参加費■800円(茶菓付)(予約優先制)
    《各回とも定員40名。定員になり次第、締め切ります》

お申込■インターネットの「上町台地.cotocoto」(http://uemachi.cotocoto.jp)からご希望の回を選んでお申し込み下さい。

 主催■大蓮寺・エンディングを考える市民の会
 共催■大蓮寺應典院寺町倶楽部
 協力■上町台地からまちを考える会、cocoroomむすび

      ------------------------《話題提供者》------------------------

○7月18日(土)
 14時開会(閉会16時)
ゲスト:廣江輝夫 さん(公益社執行役員) 
【お申し込み】http://uemachi.cotocoto.jp/event/30444

------------【聞き手・秋田の視点】------------
廣江さんは葬儀専業最大手・公益社で葬送事業の最先端の開発に取り組む仕掛け人です。早くからエンディングサポート企画を手がけ、とくに遺族支援「ひだまりの会」を設置して、グリーフケアの普及に取り組まれました。「死後」を扱う葬儀社が「生前」を扱うことで何が見えてきたのでしょうか。映画とは一味違う「おくりびと」の声です。

○7月25日(土)
 15時開会(閉会17時)
ゲスト:今井信行 さん(いまい内科クリニック院長) 
【お申し込み】http://uemachi.cotocoto.jp/event/30445

------------【聞き手・秋田の視点】------------
今井さんは宝塚市のクリニックの院長として、地域 に根づいた医療の実践に取り組んでこられました。 「住み慣れた自宅で、最期まで」という、患者の願いに沿うように、在宅医療に取り組み、 昨年には在宅療養支援をめざして、通所介護施設を開所、 医療と介護の両面から、「地域居住」を支援されています。

○8月1日(土)
 14時開会(閉会16時)
ゲスト:吉田利康 さん(アットホームホスピス代表)
【お申し込み】http://uemachi.cotocoto.jp/event/30446

------------【聞き手・秋田の視点】------------
吉田さんは、99年に白血病で最愛の奥様を自宅で看取られました。その体験を契機に、インターネットでがん患者さんやその家族、遺族と交流を始め、医療現場にも、市民の観点から積極的な発言をしておられます。昨年「がんの在宅ホスピスケア」を刊行、最後のみとりびと「家族」の心境を綴っておられます。

   ------------------------《聞き手(各回とも)》------------------------

秋田光彦(浄土宗大蓮寺・應典院住職)
55年大阪市生まれ。大蓮寺・エンディングを考える市民の会代表。パドマ幼稚園々長も兼ねる。97年に塔頭寺院「應典院」を再建し、地域での社会的・文化的活動の拠点に開放。また、新しい葬送のかたちを探して、02年には大蓮寺墓地に生前契約個人墓「自然」及び永代供養墓「共命」を建立。


    最新情報は特設ブログにて!
-------------------------------------------------------
   http://mitoribito.blogspot.com
-------------------------------------------------------

2009年6月6日土曜日

みとりびとブログ、スタートしました。

 このたび「みとりびと」ブログを立ち上げました。
  運営は、大蓮寺・エンディングを考える市民の会が担当、私は代表の秋田光彦です。浄土宗大蓮寺と應典院の住職を兼務しています。 映画「おくりびと」の大ヒットがきっかけになったのでしょうか、 最近、日本人の死生観について考えようという声が市民の間で大きくなってきています。
 少子化かつ多死化社会にあって、最期まで自分らしくあるためには何がたいせつなのか…高齢者の単身世帯も急増しており、「おひとりさま」の学びもブームのようです。
 それはたいへん結構なことなのですが、死生観といっても最初から正解があるわけではあありません。昔は宗教(仏教)が一定のガイドラインを示しましたが、どうも最近は「脱宗教」と「個人化」というのが趨勢のようです。現代人にとっては、死生観は思索を重ねるものというより、自分の最期を見据えて行う生前準備の体験の中から浮き上がってくるものなのかもしれません。
 たとえば終末医療や看取り(ホスピス)、お葬式、お墓(葬送)等々、自分がもしそうなったら…と、死の一点を見据えて、これからの自分の生き方、家族とのかかわりなどを自発的に学び、考える過程の中で、現代の死生観はにじみ出るものともいえます。
  このブログは、本会の活動(7月~8月開催の「エンディングセミナー」)を中軸として、医師、宗教家、あるいいは専門業者や市民活動に取り組む人々などの声を拾い上げ、生と死の臨床の前線からレポートをお送りします。
 また、市民のみなさんと開かれた対話を交わしながら、市民の時代の死生のありかたについて一緒に考えていきたいと思います。

大蓮寺・エンディングを考える市民の会