2011年5月22日日曜日

地域力と医療との関係

 ■患者さんは皆、先生
去る5月15日、「奈良県のホスピスとがん医療をすすめる会」の勉強会に参加した。
 開業医でもあり奈良県医師会副会長の竹村恵史さん、奈良県立医科大学附属病院 地域医療連携室の栗田麻美さんが登壇されて、「奈良県の在宅医療ネットワークを考える」という題で話題提供をされた。
 竹村さんは祖父の代から地域に根付いた医療をしている。医療は地域医療であるべきであり、開業医は地域の一隅にいて、住民に沿って生きていければ良い。住民、患者さんは自分の大切な先生であり、親切に日々様々なことを教えてくださる、つまり医者は何も分かっていない、世間を知らないのだ。だからこそ医者は自分の分からないことがあれば、すぐに専門家に聴き、つなげるという感性を持つべきだと言われた。
 奈良県医師会の課題として、全ての医師は、終末期ケアに対する基本的な知識を修得する必要があり、実際に在宅医療の研修をしているが、もっともっと各人が汗と恥をかいて努力しなければならないとも言われた。
 奈良県の在宅死率は全国一である。その一方で私自身は何故一番なのか?という疑問をずっと持っている。確かに優れた在宅医が多いが、決して病診連携が確立されているとは思えない。まだ属人的な部分も多い。
私が自分なりに思うつくままに要因を並べると、県内に病院が少ない、会社員が帰宅する時間が全国で一番遅い、県外就職率が一番高く、女性の就職率が低い、特別養護老人ホームが実際には大阪府の人を多く受け入れている、訪問看護ステーションが頑張っている、などが挙げられるが、どれが正解かは分からない。
 竹村さんは最後に、地域連携の枠組みが出来上がっていない。この構築がこれからの奈良県医師会の大きな課題であり、医療の目標(役割)は「『自分らしい生き方を実現する』を支援すること」である、と言われた。
 私は「医師会副会長」という名を聞いて、どんなお堅い方が来られるのかと思っていたが、日頃から地域に根付いた医療をしておられる方であり、地域の人をとても大切にされておられる方で、安心した。

 ■地域力の再構築
 栗田さんは奈良県立医科大学附属病院 地域医療連携室で退院調整をしている。これまで訪問看護師、ケアマネージャーを15年ほどされておられ、その時から、どうしてもっと早く自宅に帰ってこないのかと疑問に思っていたそうだ。
 現在の同病院の平均在院日数は約16日であり、退院支援の役割は、退院支援が必要な患者さんをスクリーニングし、この人が退院した時に困らないか、自宅でどんなことが出来るか、またさせてもらえるかを調査、調整する事が大きな役目だ。退院に向けた自己決定支援とも言える。退院後の療養場所には自宅、ホスピス、施設などあるが、療養場所の移行を安全、安心して行えるように、つまり退院支援により「ケア」をつなぐことが大切である。
 同病院は奈良県の中南和地区に位置する。栗田さんは、奈良県全体で今、地域力がそこなわれている。今回の東日本大震災をきっかけに再構築をしてほしいと言われた。その一方で奈良県南部(吉野郡など)では、まだまだ地域が生きている。地域の医療者は近辺の住民の健康状態を把握しており、また市町村の社会福祉協議会が中心となって強い連携を持っているところもまだまだあると言われた。
 私は改めて地域連携の大切さ、難しさを感じた。奈良県は確かに個々に優れた医療者が多いが、あくまでも全県的なネットワークではなく個々の人間関係で繋がっている傾向が見られる。
 しかしネットワークの構築を医療者だけに求めても駄目だろう。我々住民がもっと勉強して、医療者側に意見、要望を伝えなければならない。医療者側も少しずつ変わっていこうと努力をしている。だから住民ももっと変わらなければならないと思う。
 また栗田さんが冒頭に、奈良県立医科大学附属病院では「かかりつけ医」の紹介でしか診察をしないと言われた。今は大きな病院ではほとんどそのようになってようだが、しかし実際「かかりつけ医」を持っている人は一握りであろう。大病院との連携という前にまずこの「かかりつけ医」を持つことが我々住民に抜け落ちている。「かかりつけ医」をどうやって探すか、何故「かかりつけ医」を持つ必要があるのかを誰がどう広めていくのかも大きな課題だと思う。
 やはり住民や自治体が連携し,地域自ら地域医療の課題を解決していこうとする“地域力”の向上が不可欠であると思う。「住民が地域の医療を支えていく」という新たな視点から、何が自分自身に出来るかを考えなくてはならないと改めて思った。医療者による啓発活動は、医療技術的な解説に偏っていると思う。死の恐怖をどう乗り越えるのかとか、死にゆく大事に人とどう向き合うのかといった切実な問題について、しっかりと語りかける活動に乏しいと感じられる。このことについて医療者と我々がもっと議論を重ねていく場所、機会が欲しいと強く思う。(浦嶋偉晃)

2011年5月10日火曜日

人生の黄昏に至る旅~認知症を考える

■認知症とは何か
 去る4月9日、兵庫県保険医協会の第29回在宅医療研究会に参加した。
 西宮のつちやま内科クリニックの土山雅人さんがお出でになり、「認知症に基礎知識」という題で講演をされた。認知症のケースを多く扱っておられる。
 認知症患者は現在200万人を超えると推定されており、10年後には300万人に達すると言われている。これは高齢者の多く見られる疾患で、65歳以上では7~8%、85歳以上では4人に1人が認知症であると考えられている。まさに現在において地域のかかりつけ医にとっては「common disease(一般的な病気)」であると言える。
 認知症について、私が強く印象に残っているのが、アメリカのレーガン大統領がアルツハイマーにかかり、最後のメッセージとなった、『I now begin the journey that will lead me into the sunset of my life. (私は今、私の人生の黄昏に至る旅に出かけます)』という言葉である。大統領在任中の1987年にすでに兆候があったとされる。またアメリカの俳優のチャールトン・へストンがアルツハイマーであることを発表したときも、彼のファンであった私にとっては衝撃だった。しかしそれ以後も彼は映画に出て圧倒的な存在感で演じた。アルツハイマーの特徴として、新しいことは覚えることは出来ないと言われているが、病状の進行と症状の変化にはばらつきがあるのである。 
 じつは認知症の定義は難しい。一般に記憶の障害が中心になるが、記憶の障害のみでは認知症と言えない(軽度認知障害)。また認知症のなかでも初期では記憶障害が目立たない場合もある。認知症の診断には、高次脳機能検査なども重要であるが、それ以前に個々の症例における日常の生活場面での変調について情報を得て評価することが重要である。
 認知症に似た症状には、正常老化による物忘れとの違い、うつ病との区別、薬剤性のせん妄などとの切り分けが重要にもなってくる。非常に判定の難しい症状とも言える。
 認知症をきたす疾患として、①変性型認知症として、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症の3種類があり、他に②脳血管性認知症があり、アルツハイマー型が全体の50%を占める。(ここではそれぞれの特徴について深く述べない)

■認知症と地域コミュニティ
 変性型認知症に3種類あると言ったが、根本的に問題なのはそれぞれ症状が違い、治療法も違うのに、これを見極められる医師が大変少ないということだ。
 介護面から見ても、介護力不足の家庭をどう支えるか、介護施設で認知症者の対応は出来ているのか、そして福祉面から見れば、認知症について誰に相談すれば良いのか、地域における認知症家庭のセーフティネットはあるのか、患者会、ボランティア団体などのインフォーマルサービスは活用されているのか、などの問題点が山積している。さらに身寄りのない認認家庭、認知症以外の身体疾患の管理などもあげられる。
 認知症患者さんの看取りの場所として、在宅、病院、施設などがあげられるが、終末像の多様性と様々な延命処置として、胃瘻の問題もあげられる。胃瘻をするかどうかの意思を認知症患者さん自身は示すことができない。ここに家族の意向と経過に伴う心境の変化もからむ。これはこれからもっと議論を重ねなければならない課題と思う。
 土山先生が最後に、認知症には医学的アプローチより、ケア的アプローチが大事である。薬物療法はほんの少しだけで、身体管理をいかにきちんと行うかがポイントであると言われた。昔は認知症の人は地域コミュニティの連携があったので、医療の必要がなかったそうである。これは大きなポイントと思った。
 個人的なことを言わせてもらえば、私の父親が脳梗塞を患っているので、脳血管性認知症の心配をずっとしている。というより心に大きく引っかかりながら、あえて認知症に触れるのを避けていた。それはやはり怖いという気持ちである。しかし土山先生のご講演をお聞きして、周りが早めに判断して、的確な診断、治療をしてもらえれば、進行を遅らせ、良い介護を行えると言うことが理解できた。またデイケアなどの施設の役割も大きく関わってくるので、ここにも注力を充てたい。
 認知症の方が暮らしやすい社会は、一般の高齢者や子どもたちにとっても優しい社会であるはずである。そういう社会を取り戻すのが大切である。(浦嶋偉晃)

2011年5月4日水曜日

「すべては患者さんのために~長崎Dr.ネットの挑戦」

■ひとりに主治医を多数の医師が支える仕組み
 去る3月19日、「奈良県のホスピスとがん医療をすすめる会」の勉強会に参加した。長崎の出口外科医院の出口雅浩さんが登壇され、「長崎における地域医療連携ネットワークの構築~長崎Dr.ネットの挑戦」という題で話題提供をされた。地方都市で、24時間の在宅対応されている先行例として知られている。
 「長崎在宅Dr.ネット」は、在宅訪問診療や往診を複数の医師が連携して行ない、複数の医師が連携して24時間対応を実現し、患者さんが安心して在宅療養を行えるようにすることを目的とし、平成15年3月に結成された。実際には、患者さんの居住地域にあわせて、主治医を決め、さらに、副主治医がバックアップとして控え、訪問診療の分担や万が一の際の緊急対応をおこなうシステムである。
 主治医は、主となって訪問診療・治療に当たる、一方、副主治医は主治医を補佐して訪問診療の分担や、万が一の際の緊急対応を行う。必要に応じて複数の副主治医を各医師の専門性を考慮して決定する。現在長崎市内の診療所の医師69名が登録をしている。
 考え方として、①在宅医療を希望する方が、医師に対応できないという理由で自宅に帰れないことが無いようにする(24時間365日の対応)、②自宅で療養できるだけでなく、入院中に受けたのと同様の医療を受けられることを目指す、③医療・介護・福祉等と連携し、最適な在宅医療を提供する、ことを基本としている。
そもそも8年前にDr.ネットを作ったのは、もともとは情報交換をしていた医師どうしお互い電話でアドバイスをしていたが、その内に、それじゃあ、あなたが代わりに行ってくださいよという感じになり、仲良しグループが形成されていって、Dr.ネットに繋がったようである。ここでも人間関係が基本だ。
 実際の流れだが、入院中の場合、現在入院中だが、自宅へ帰りたい患者さんやその御家族はまず主治医の先生と相談し、自宅療養が可能と判断していただいた場合、まず従来からのかかりつけの開業医の先生と相談。しかし、残念ながら往診や在宅訪問診療を頼めない場合「長崎在宅Dr.ネット」への問い合わせとなる。入院中の病院の主治医、看護師、又は地域連携室の方に相談して「長崎在宅Dr.ネット」事務局へ連絡し、病状、居住地域医を考慮した上で、主治医及び副主治医を決めて連絡する。また自宅療養中の場合は、現在の主治医の先生(かかりつけ医)とよく相談し、それでも在宅診療への対応が困難な場合「長崎在宅Dr.ネット」事務局へ連絡し、病状、居住地域医を考慮した上で、主治医及び副主治医を決めて連絡するということになる。
 主治医と副主治医の連携であるが、副主治医がサブで同行するわけではない。行けば医療費負担が2倍かかることになる。最初に一緒にご挨拶に行く程度で、家の間取りが分かるようにという感じである。あくまでも目的は、一人の主治医を多数の医師が支え、それによって頑張れる仕組み作りである。
実際のところ、主治医と副主治医の報酬の分配は、例えれば副主治医はビール1本程度とか。お互い様という感覚だろう。基本的には、副主治医の出番はないようにしているとのことである。
 一方で欠点として、患者さんが主治医を選べない、正直そりが合わない場合も少なくないという。その場合は再度病院に相談して、仕切り直しをするそうである。

■地域の特性を活かした在宅医療の在り方を
 じつは長崎は在宅死率は下位だが、奈良は全国一番を誇っている。奈良の制度もマッチしている。
 私が一番疑問に思ったのは、主治医と副主治医の関係である。基本的には副主治医が訪問診療しない、報酬がないというのが長崎の原則であるが、やはり奈良のように副主治医ももっと入っていく必要があるのではないかと思う。奈良では副主治医もコンスタントに訪問診療するため、患者さんを把握している。長崎ではそれがないのが、患者さんの不安感を与えるのでないかと感じた。このことを、最後に質問できなかったのが残念である。
 一方、長崎県が在宅死率が低い理由は、病院が多いからとのこと。原爆の関係で都市の規模に対し、非常に病院が多く、常時ベッドが空いているそうである。その分、レスパイトケアが出来やすい。また長崎は坂が多く、道がなく自動車で診療にいけない。また離島が多く、一旦自宅に帰ったら、病院に戻りにくいのでなかなか自宅に帰らないということがあるという。
 今後の長崎Dr.ネットの課題は、新人在宅医をいかに育てるかだ。そして参加医師の人数が県内の地域でばらつきがあるので、もっとネットワークを強めていきたいと言われた。
 奈良にも同様の事態があるが、在宅医の疲弊をいかに改善するかが、課題だ。長崎Dr.ネットの挑戦が在宅療養比率を向上させる取り組みであることは確かだと思った。日本全国でスタンダードな形というのは有り得ないと思うし、各地域の特性を考慮し、どうカスタマイズするかも課題である。
 今後、在宅医療の推進には、末期者はその家族だけが考えていたのでは不充分だろう。学校や家庭、地域社会にあける日常において「死」を、避けるべきものではなく、「皆がいつかは向き合うこと」としてフランクに話し合うベースを築くことがますます大事になっていくと思う。そこで初めて地域社会の中で在宅医療が根付き、成長していくと思う。(浦嶋偉晃)