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2010年1月4日月曜日

(5)再聖化する個人、市民とともに

葬送文化の専門誌「SOGI」に、秋田光彦住職のロングインタビューが掲載されました。大蓮寺や應典院の取り組みを通して、新しい時代の死生観について言及しています。5回に分けて連載します。

  07年に應典院で講演をしていただいた東京大学大学院の島薗進さんは、この個人の宗教化の問題を「再聖化」という言葉を使って論じています。社会制度の原理によって成り立ってきた医療や福祉、教育などが宗教的な要素を取り込むようになって、「再聖化」していく。先に挙げたスピリチュアルケアやグリーフケア、またいのちの教育、死の準備教育などがそれです。私はこの「再聖化」がひたすら個人に内面化していくのではなく、外の社会と交渉することによって、開かれ、鍛えられていくことにも期待をしています。最近では、仏教各教団でも、ビハーラや自殺防止に教団を挙げて取り組もうとする動きが見られますが、これもまた、社会と接続することで、既存の布教主義とは異なる、公共宗教へのアプローチといえるのではないでしょうか。
 應典院の活動を通して、私は多くの「再聖化」する市民と出会ってきました。彼ら彼女らは、既存の宗教にすがるのでもなく、社会制度にも頼らず、自立した個人として仲間とネットワークをつなぎ、対話や協働を繰り返して、身近な社会や地域変革に取り組んでいます。医療や教育のみならず、環境問題や食品問題も人間のいのちに直結しており、そこには医師や教師といった高度なレベルの専門家も参加しています。私はしばしばそういう場において、教化本位ではなく、ひとりの市民として仏教を語ってきました。一方的な布教を目的としたメッセージではなく、個々人に対し生きる実践ための知として仏教を語ってきたと自覚しています。どこまで伝わっているのかはわかりませんが、選ぶのは個人です。私ができることは、個が自己を見つめ直そうとするその根拠として、仏教をいかに提示するか、です。そのためには、これまでの仏教とは違う言葉、表現をもっと開発していかなくてはならない、とも思います。
 私のような立場から、伝統仏教と再聖化する個人の関係を論じることは、非常に緊張感を伴います。ただ檀信徒教化の場面以外の生々しい臨床に立ち臨んだ時、先にも述べましたが、仏教にも組織から個へと大きな質的転換の波が迫ってきていると強く感じています。また寺や僧侶がその転換にどう呼応していくのか、接続するのか、あるいは断絶するのか。何事も教団に倣えではなく、一人ひとりの仏教者の覚悟と行動が切実に求められています。そのことを、大学の研究室からの提言ではなく、生きた臨床の現場どうしの試行錯誤も含めた対話を通して、状況は少しずつ変わっていくのではないかと思っています。
 最後に、最近、應典院で講演を行った国際日本文化研究センター教授の末木文美士さんの著書から、私たち臨床にいる僧侶への問いかけとして以下を引用させていただきたいと思います。
 「仏教は平和主義であるとか、仏教は生命を大事にするとか、口先だけのきれい事をやめようではないか。自分の感覚として何が大事なのか、自分自身を見つめ、そして考え直すところから出発するのでなければならない。経典に書いてあるからとか、宗祖がこういったから、ということは、もちろん宗派内の「公」としては成り立つし、それは否定しない。しか  
し、それは宗派を離れたら何の説得力も持たないことを認識しなければならない。それでもどうしても自分が主張せずにはいられないこと、実践せずにはいられないこと---そこから出発する他ない」(「現代と仏教」佼成出版社)。(秋田光彦)

2010年1月1日金曜日

(4)若者とスピリチュアリティ

葬送文化の専門誌「SOGI」に、秋田光彦住職のロングインタビューが掲載されました。大蓮寺や應典院の取り組みを通して、新しい時代の死生観について言及しています。5回に分けて連載します。

 死生観の個人化という変化にいま一番近接しているのが「スピリチュアリティ」だと思います。今やちょっと流行語になっていて、SOGIの前号にも碑文谷創さんが書いていましたが、あまりに多義的、多層的で私もよくわかりません。言葉の咀嚼力が大きく、何でも呑みこんでしまうような胃袋を持っているから、わからない余白の分、解釈の自由度があるのでしょうか、フレキシブルな言葉であることには違いないが、やや振り回されている感も否めません。
 7月に高知で日本在宅ホスピスケア研究会の全国大会があって参加してきたのですが、やはり大きなテーマのひとつがスピリチュアルケアでした。宗教的ケアを論じたシンポジウムでは、京都大学のカール・ベッカーさんが日本の仏教による伝統的な死生観を語る一方で、同じ舞台に幸福の科学や前世療法の信奉者(いずれも臨床医)が登壇し、非常に違和感を覚えました。何がスピリチュアリティと宗教の境界なのか、スピリチュアリティとは宗教の代替なのか、臨床の現場も混乱しているという印象でした。
 むしろ、それを現場で予感するのは、應典院(大蓮寺の塔頭寺院)で起きている、若者たちのユニークな取り組みについてです。スピリチュアリティという言葉は使いませんが、死を見据えていかに生きるかというようなワークショップの数々が連続して起きています。宗教体験も乏しい、20代の若者に死生が語れるのか、と鼻白むかもしれませんが、私はむしろそこに新たな死生観への模索が始まっていると受け止めています。
 若者たちにはそもそも従来型の死生観がありません。拘泥するものがないから、自由に死生観をデザインすることができるように思います。いまはワークショップやカウンセリングの手法が発達しており、これまで一方的に「教わる」対象であったものから、自分たちで編み出すことができます。言い換えれば「救済される客体」から「自ら変容していこうとする主体」へと自覚的な変化が起き始めているように感じます。
 應典院で実施している、二つの事例を挙げます。
 ひとつは、自死者の遺児たちが主宰する「グリーフタイム」。母親を亡くした20代のふたりの若者、臨床心理士の宮原俊也さんと大学生の尾角光美さんが9月から始めました。グリーフケアというと、私は遺族支援を連想しますが、ここでは死別のみならずここでは「大切なものを失われた方」すべてが対象です。ペットの死、健康な体を失う、両親の離婚、引っ越しや転校による人間関係や環境の変化、失業により役割や自信がなくなる…すべてがその人にとってグリーフであり、その時自分の気持ちをいかに大切にすることができるか、が重要と考えます。集まってくる人たち(全部女性でしたが)がみな原因のはっきりしたグリーフを抱えているとも限りません。本を読んだり、お茶を飲んだり、銘々に好きな時間を過ごします。全体の交流やカウンセリングはしない。助言もせずに、ただ体験者どうしが静かな時間を共有していきます。
 若年層は周囲に死別などの体験者が少なくグリーフケアから取り残されることが多いといいます。ここでは原因究明や問題解決が目的ではなく、悲嘆を抱えた若者たちが誰にも介入されず、それぞれが自分の内面と向き合う「場」を提供しているように思えます。何らかの悩みや問題を抱えている人が当事者どうしで集まり、交流を通して相互に支えあうためのネットワークをセルフヘルプグループと言いますが、こういうのも「スピリチュアルな人間関係」であり、これに救われる若者たちもいます。
 もうひとつは、NPO法人のシティズンシップ共育企画の川中大輔さんたちと3年前から共催している「生と死の共育ワークショップ」です。07年に「自死」、08年は「葬式」、09年は「老い」(予定)をテーマにそれぞれ大蓮寺に泊まり込んでの合宿形式で行われました。08年、「自分のお葬式はどうあげられたいか?」」のネットの広報文を一部少し紹介します。
 「『お葬式』」という生者と死者が共に過ごす、場の持つ意味を探りながら、自分が死ぬ時、どのように記憶され、見送られていきたいのか、その『ありたい死』」を考えた時に、私はいま何をすべきかという問いが深みをもっておとずれるのではないかと考えています。
 『よく死ぬことはよく生きることだ』」という言葉があります。自分や他者の「死」と向き合いながら、これからの自分の『生きかた』」をゆっくりと考える時間を共にしませんか? 」
 これを書いた主催の川中さんは29歳。彼は、さまざまなテーマを参加学習の手法で伝えるファシリテーターとして将来を嘱望されてる人材ですが、最大の関心のひとつが「生死」といいます。
 一日目こそ、寺の住職として私が仏式の葬儀の基本を講義しましたが、そのあとは翌日いっぱいまで参加者どうしが生と死を巡って語りたいことを存分に語り合う場となりました。自他の死の葬送、自らの死にざま・生きざま、あるいは死後のイメージなど、様々な話題が広がりました。全国から集まってきた20人ほどの若者が、お寺でひたすら死生について語り合う、というのは寺の住職にとっては感動的な場ですらありました。しかし、ここでは仏教はあくまで参照点でしかなく、重要なことはそれぞれの個にとっての死生観の創造なのです。「答えを求めるのではなく、問いを温める場所」(川中さん)として、こういうワークショップが生まれ始めていることを私は、これまでの伝統的な死生観とは異なる、スピリチュアリティの萌芽ではないかとらえています。
 ここは非常にデリケートな問題も孕んでいるのですが、私はこのスピリチュアリティの動きと伝統的な仏教が対立的な関係にあるとは思いません。彼ら彼女ら應典院というお寺に場を求め、住職である私に「法話」を要請してきました。入信・折伏といった直接的な宗教体験を求めるのではなく、一定の距離を担保しつつ、重要な参照点としてアクセスしようとしています。
 先に「伝統的な儀礼や教義は一旦退行した」と述べましたが、それは権威的であり、教条主義的なものの退行であって、若者たちもまた先人たちの知の蓄積に学ぼうとしていることを強く感じます。問題はそういう若者たちの立ち位置を尊重できない、いまの仏教の定形化された話法であり、硬直したコミュニケーションスタイルにあるのではないでしょうか。一方的な教化圧力が浮き立つだけで、若者との対話や共感がない。そうなれば、当然僧侶の役割もアジテーターからメデュエーター(仲介者)へと転換していくと思います。語ること以上に、聴く姿勢が求められます。そのうえで、両者は今後寄り添いながら、緩やかな連携を深めていくのではないでしょうか。
 川中さんの団体名にもある「シティズンシップ」とは、個人の市民性、市民的行動と訳され、市民社会とはそういった主体的な個人参加型の社会をいいます。個人というものが欲望だけを肥大させるのではなく、説明や合意をどう図りながら、ゆるやかな共同性を獲得していくのか、これは個人の時代における社会観形成の上で、極めて重要な意味を持つと思います。いま注目される「公共宗教」とは、東京基督教大学の稲垣久和さんの定義によれば、「私と公の間に市民的・公共的領域が多様に存在し、宗教はそこで(国家的統制を受けず)本来の役割を果たすことが期待」され、「そのような市民社会形成のエートスを与える宗教」(稲垣久和・金泰昌編「公共哲学16 宗教から考える公共性」東京大学出版会)を言うといいます。もし、そうであれば、まさに仏教もまたつぎのステージを模索しはじめる時を迎えているのではないでしょうか。まだまだ今後の動きを見つめていかなくてはなりませんが、その考察は今後も深めていきたいと思っています。(秋田光彦)

2009年12月29日火曜日

(3)死生観を語りあうブログ

葬送文化の専門誌「SOGI」に、秋田光彦住職のロングインタビューが掲載されました。大蓮寺や應典院の取り組みを通して、新しい時代の死生観について言及しています。5回に分けて連載します。

 今回のエンディングセミナーでは、もうひとつ「みとりびとは、ゆく」というブログを同時スタートしました。セミナーの模様の紹介や私や仲間の雑感などを交えていますが、それを機会として個々人の死生観を自由に語り合う場として設けました。布教ブログでもなければ、仏事のFAQでもない。僧侶も一緒になって、現代の死生について考えようというのがねらいです。 

 多死社会において、否応なしに家庭が死の臨床となるなら、いっそう日常における死生観の成熟が急務と思います。しかし、宗教なき現代では誰もが共有できる死生観がありません。中高年の自殺問題やいじめ、衝動殺人など、すべてといいませんが、日本人の死生観が基軸を欠いたまま不安に喘いでる現状を象徴しています。これを千葉大学の広井良典さんは、死ということの意味がよく見えないと同時に、生それ自体の意味もよく見えない「死生観の空洞化」(『死生学Ⅰ』東京大学出版会)と指摘していますが、私も同感です。 
 それに対し、「今こそ仏教に死生を学べ」と布教師たちは声高に言うかもしれません。それはそれでおっしゃる通りなのですが、個人がむき出しになった現代、昔ながらの流儀や因習に従うとも思えません。地域共同体が壊れ、葬儀も個人嗜好で多様化したように、個人の感性や価値観は、好むと好まざるとかかわらず、過去から続いてきた規範を踏み越えていきます。作家の柳田邦男さんは、現代は「自分の死を創る時代」と言いましたが、まさにこれからの死生観はかつてあったものを伝承されるというより、自分たちで参加しながらデザインしていくものとして相対化されていくのでしょう。
 これまで伝統仏教の結束の基盤となったきたものは、血縁であり地縁でした。それが壊れて急速に個人化が進み、信仰もまた家単位から個人の宗教の時代に大きく転換していこうとしています。教義が授けられ、絶対存在によって救われるという受動態ではなく、自己の気づきや変容を重視していくのが、個人の宗教の顕著な傾向です。そこを檀信徒教化というフォーカス(つまり家の宗教の視線)で見ていては、永遠にかみ合いません。このままでは、仏教は宗派とか教団という囲いを取り払うと忽ち存立不能に陥ってしまわないか、という不安をおぼえています。
 このブログ「みとりびとは、ゆく」は檀信徒対象ではありません。無宗教の人も意識しています。そこでは、仏教は絶対的回答なのではなく、壮大な問いとして提出されるものです。「浄土宗では…と考えます」ではなく、読者に対し「あなたはどう考えるのか」という問いかけであり、「ともに考え、ともに悩もう」というのが基本スタンスです。模範解答であればホームページで十分ですが、現代の死生観には対話型のブログがどうしても必要だったのです。
 八月から九月にかけてブログには、エンディングセミナーのレポート以外には、こんなタイトルが並んでいます。
○少子化時代の「供養」をどう考えるか。お盆に想うこと。
○書評:日本人と『死の準備』~これからをより良く生きるために
○日常生活の中の死 ~死の瞬間まで人生の主人公であるために~ 奈良県ホスピス勉強会報告
○シンポジウム聴講:「今を生きる力~激動の時代をホリスティックに生きる~」帯津良一さん
○布施は宗教サービスの代価ではない。派遣僧侶という問題
 書き手は私以外にも僧侶や市民数名と分担しているので、一貫性は乏しいかもしれませんが、仏教を共通軸としながら話題は拡張していっていくことが汲み取っていただけると思います。別の月には「臓器移植改正法」「衝動殺人」なども取り上げましたが、意識的に社会問題について仏教の死生観から問い直すことをやっているつもりです。仏教を「私事」に閉じ込めず、いかに公共的なものとつなげていくのかという試みです。ここでは仏教は答えとしてでなく、重要な参照点として共有されています。
 まだ始まって間もないので、コメントが続々というわけにはいきませんが、議論できる場をつくる、という意味では、少しずつ関心が広がっています。ネット上でどういう出会いや対話が起きるのか、楽しみでもあります。(秋田光彦)

2009年12月27日日曜日

(2)死の臨床と物語

葬送文化の専門誌「SOGI」に、秋田光彦住職のロングインタビューが掲載されました。大蓮寺や應典院の取り組みを通して、新しい時代の死生観について言及しています。5回に分けて連載します。

3人のゲストは、葬儀社最大手の大阪・公益社執行役員の廣江輝夫さん、開業医でいまい内科クリニック院長の今井信行さん、アットホームホスピス代表の吉田利康さんですが、共通しているのは立場を違うが、死の臨床に立ち会う専門家であるということです。しかも、その専門性が現代の死と切り結ぶうちに意味の異化作用を起してる点がたいへん興味深いものでした。
葬儀社の廣江さんは、早くから遺族支援「ひだまりの会」を設置して、グリーフケアの普及に取り組んでいますが、これは「葬儀」を扱う葬儀社が「葬儀後」を扱い始めた点で異化されています。 今井さんも、在宅ホスピス医として大勢の方を看取ってこられましたが、「延命ではなく、いかに死を受容するか」という文脈自体、近代の治療医学とは違う地点に立たざるを得ません。
このように現代の死の臨床では「脱専門」という大きな転換期を迎えていると思います。一方で同じ現場にいながら、僧侶は無関与のままほとんど反応を示さないでいます。臨床家としての自覚がないのでしょうけど、ある意味、ものすごくもったいないことだと思います。 今回のセミナーでも「葬儀社対僧侶」「医師対僧侶」という異なる専門性をすり合わせながら初めて見えてくるものがあります。僧侶とは、本来そういう異化を引き起こす他者性をゆたかなに内蔵しているはずですが、残念ながらそれが発揮されることは皆無に等しかったのです。私は「僧侶性の限界」と言っているのですが、それぞれの宗派に依って立つことが僧侶のアイデンティティであると同時に、皮肉なことにそれがバリアとなって、外との対話や交流の機会を阻んでいるように思います。日本の僧侶は社会性云々という前に、絶望的なほど他の専門家と向き合う接点が少なすぎます。 
3人との対話では、臓器移植法の改正やスピリチュアルケアについても議論があったのですが、私がいちばん印象に残ったのは、長年在宅医療にかかわる今井ドクターが「在宅死って、一篇の詩のようなものなのかもしれない」とつぶやいたことでした。物語とかナラティブ(編集部注釈・narrative=話術、語り口、叙述すること)とか言われるところと重なるのですが、これはいまの仏教に大きく欠落しているところと感じました。
愛妻を自宅で看取られた吉田さんも、元々文才の豊かな方だったこともありますが、その死別の悲嘆を外に表現することで受容していかれました。最初にある医療財団から助成を受けてつくった在宅ホスピスの啓発用ブックレット「あなたの家にかえろう」が十万部無償配布されて話題になって、今年は絵本「いびらのすむ家」を刊行されました。これは、吉田さんの死別体験を原案とした絵本です。愛妻の発病から入院、闘病、余命告知、在宅看護、そして最期の看取りまでが家族たちの魂の物語として描かれています。これは医療の専門家には絶対書けないものであって、患者やその家族といった当事者たちが「物語」という方法を手にして、死の臨床に立ち上がってきたことを強く実感しています。 
  吉田さんは今、生活の座から生老病死を見つめ直し、市民目線で介護・看取り・交流・助け合いを実践していく場「アット・ホームホスピス」を立ち上げ、活動しています。非常に横断的なネットワークで、従来の専門職のタコ壺的状況に切り込もうとしています。ここから市民によるもうひとつの専門性が生まれるかもしれません。現代の仏教がそういった動きとどう連携できるのか、あるいはできないのか、関心は尽きません。(秋田光彦)

2009年12月24日木曜日

(1)生前個人墓とエンディングセミナー

葬送文化の専門誌「SOGI」に、秋田光彦住職のロングインタビューが掲載されました。大蓮寺や應典院の取り組みを通して、新しい時代の死生観について言及しています。5回に分けて連載します。

 2003年からほぼ毎年、夏に市民向け講座エンディングセミナーを開催しています。同様に大蓮寺墓域に生前個人墓「自然」を建立したことが契機となって、エンディングにかかわる6つのNPOと緩やかなネットワーク団体「大蓮寺エンディングを考える市民の会」を運営してきました。セミナーもNPOと共催でやってきましたが、医療相談、住宅、遺産・相続、生きがい等々、エンディングセミナーは生前にシフトするほど扱う領域も拡大していきます。
 なぜお寺とNPOの協働なのか、というと、大切な生死の問題を当事者である自分たちどうしで知恵を出し合い、支え合うネットワークをつくりたかったからです。現実は病院任せ、葬儀社任せ、と専門家に丸投げされているのが実態であって、それを当事者の権利として回復するためには市民が相談できたり、学習できたりするためのサポートセンターの機能が必要だと考えたからです。「おひとりさまの老後」はやがて個人の力で支え切れなくなりますから、立場の違う人たちどうし連帯して支え合うネットワークづくりが重要となります。NPOがそのパートナーとしてふさわしいと考えました。
 いまのお寺自体には何の対応能力もないですが、やはりよろず相談所の名残はあって、いろんな相談事が集まってきます。解決はできないが、紹介ならできるかもしれないと、お寺が中間機関として専門性のあるNPOと連携するようになりました。例えば医療関係なら大阪のNPO法人ささえあい医療人権センターCOML(コムル)、葬送であれば東京のNPO法人エンディングセンターなど相談内容に応じて仲介をするわけです。いのちに関係する相談の取り次ぎ役みたいなものです。このサービスは、ネット上でも展開しています。
 もうひとつ当初から考えていたのは、お寺自体の問題です。お寺をめぐるお金は、誤解も含めしばしば不透明性を指摘されてきました。お寺に寄せられるお金は本質は浄財ですから、本来は公益性のあるものに還元されなくてはならない。「自然」というお墓は檀家が対象ではないので、考えやすかったのですが、ご志納いただいたお金から一部をエンディングのNPOに毎年寄付することを想定していました。NPOの世界にはファンドマネジメントといって自治体や企業から寄付を開発する手法はよくありますが、宗教法人のお金がNPO法人の事業費として提供されるケースは恐らく初めてだと思います。「自然」を建立する費用がようやく減価償却できたので、来年度からスタートさせる予定です。
 ここ数年エンディングセミナーは、私の個人的関心もあって、看取りの問題を扱うことが多くなっていました。今回のセミナーもNPOと共催ではなく、ちょうど映画「おくりびと」がブームでエンディングに関心が高まっていたので、それをもじって「みとりびと」として、看取りにかかわる3人のゲストを招いて、私との対話方式で開催しました。セミナーの企画書に、私はつぎのように趣旨を述べました。
『映画「おくりびと」の大ヒットは、日本人にとっての死と家族の関係について改めて想い起こさせました。しかし、映画とは違い、実際の死の風景、とりわけ末期から死、死後のプロセスは、家族には知らされず、実際に体験した場合、心身ともに大きな重圧がかかります。年間110万以上の人が亡くなる多死社会の日本において、家庭は看取りとは無関係な場所ではなく、もはや死の臨床といってよいはずですが、そのための環境や人材、作法など、その基盤はけっして充分なものとはいえません。遺族会、在宅ホスピス、そして家族による看取り…死と家族をめぐる3つの物語に学びながら、いのちを支えることの意味をともに考えます』(秋田光彦)