2009年7月23日木曜日

市民みんなに看取りの力が備わっている

吉田さんから最初に「告知」を受けたときの衝撃を聞きました。医師から告知を受けた瞬間、頭の中は真っ白、膝はガクガクと震え…現在の不用意な「告知」について、改めて考えさせられました。「告知」というのは医師やマスコミが思うほど、簡単なものではありません。告知の前に信頼関係が必要ですが、容赦なく言い放たれる。その一方で「告知」を受けた患者さんや家族がその後、内的に成長していくという側面もあるというのも改めて感じました。
吉田さんが奥様を在宅で介護された期間は17日間。在宅ホスピスケアの驚きは、妻であり母である人が帰ると、家中が一気に明るくなり、家族にもそれぞれ役割が自然に出来て、いきいきしはじめ、それが家での看取りをやり遂げる原動力となるということです。それが家に帰るよさだと感じました。


当時、施設ホスピスはあっても、在宅ホスピスについて、そのような医師がいるのか分からない時代で、結局は家族だけで看取ることも少なくありませんでした。枕元にあるのは、血圧計と体温計と水枕のみ。モルヒネなどは一切お使いになられなかったとお聞きし、不思議に思いましたが、ご本人の思いにいろいろな形があるのでしょう。しかし、痛みに苦しむ奥様と、その奥様を看る吉田さんの辛さは、ここで容易に言葉にできるものではありません。。
死を見つめて、生を見た。それは奥様からの贈り物だったかもしれないと吉田さんはいいます。家という環境だったから、贈り物に気がついた。病院でできることをそのまま家に持ち込んでも、家での看取りと言えないでしょうとも仰っておられました。
もちろん、吉田さんは在宅ホスピスは選択肢の一つで、病院、施設型ホスピスという形も否定はされません。ただその人と環境に合った形を選択すればよいと言われてました。

「男の介護」と言うのは、まだむずかしいかもしれませんが、これからの日本社会が直面する大きな課題のひとつとなるでしょう。吉田さんは、それはけっして無理なことではなく、そのための環境づくり、学びや啓発が必要と仰います。医療関係者が奥様の看取りは「吉田さんだからできた」といわれたそうですが、「市民をなめないでほしい」と反発されたという吉田さんの言葉に共感を感じました。
在宅介護は容易ではありませんが、私たち市民みんなにその力が備わっているのだと思いました。(浦嶋偉晃)  

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